社会変革のための活動

みなさんに知っていただきたい

みなさんに知っていただきたい

理事長対談シリーズ

理事長対談シリーズVol.1

佐々木 尋貴 氏

株式会社日本交通事故調査機構

代表取締役

■Guest Profile■

株式会社日本交通事故調査機構 代表取締役

元警察官としての経歴を持ち、数々の交通事故現場に立つ。

正しく純粋に痕跡を読み取る交通事故調査の必要性と職業倫理を見つめ直し、警察官人生に終止符を打ち、株式会社日本交通事故調査機構を立ち上げる。

事故の真相究明のため、多くの被害者の依頼に向き合っている。

正義の味方 ー交通事故調査からみた社会変革についてー

 

 

 

第1章:警察を退職した、自分に突然起きた事故

 

小楠こんにちは。今日は株式会社、日本交通事故調査機構の佐々木尋貴氏と対談をさせていただきます。佐々木さん。まずは自己紹介をお願いします。

 

佐々木:こんにちは。それでは、自己紹介をさせていただきます。

私は、平成元年に宮城県警の警察官となり、平成22年の2月まで交通警察官として白バイにも乗り、交通事故捜査を担当しておりました。いわゆる一般の警察官で約22年間在籍をしておりました。

 

小楠:その間、交通事故捜査に主に携わられた期間はどのくらいですか?

 

佐々木:交通警察官をしていたのは約半分ほど、11年間です。白バイにも7年間乗っておりました。

 

小楠:佐々木さんがされている職業、交通事故調査というと一般の方からすると非常に聞き慣れない職業なのですが、こういった職業に就かれたいきさつを教えていただけますか?

 

佐々木:はい。私が県警に在職していた時は犯人を捕まえ、処罰することが仕事でした。警察は交通事故の捜査の上では、犯人を逮捕する側の人間であり、その仕事の中で、事故の被害者という立場で考えることはありませんでした。しかし、平成20年に私の長男が交通事故で亡くなるということがありました。

 

小楠:その事故が起きたのは息子さんが、何歳の時ですか?

 

佐々木:長男が18歳の高校3年生のときでした。通学途中に自転車に乗っているところを車に跳ねられるという事故があり、そこで初めて私は被害者や遺族と呼ばれる立場になりました。

そこで初めて、そういった立場の人間として、担当してくれる警察官との関わりあい方というのを自分で体験しました。

 

小楠:ここで初めて、ご自身が被害者、遺族としての交通事故を経験されたということですね。

22年間交通事故に関わる仕事に従事されて、いつも被害者の方に接していた訳ですが、自分自身がはじめて遺族になることで、気がついたことや、そのときどのように感じられたかを教えていただいてよろしいでしょうか?

 

佐々木:本当に基本的なことです。

この交通事故はどうして発生したのだろうか?

現在はどの辺まで捜査が進んでいるのか?

という事が知りたいと思いました。

しかしその情報は、捜査上の秘密であり、個人情報保護法等があって、加害者は守られているので警察官から知らされる事はありませんでした。

 

小楠:仮に相手が未成年だとしたら名前どころか年齢や性別も教えてもらえないということですね。

 

佐々木:そうです。聞かされません。当然、身内である私や家内の両親などにも、その事故がどのようなものだったのかを答えてくれません。

そうすると、誰にどのように聞けばよいのか?

どのように処理すべきなのか?

自分はどうして良いのかが分からなくなり困ってしまいます。

初めての経験ですから、これまで自分が歩んできた人生の中の経験に基づいた処理ができなくなります。

 

小楠:なるほど、22年間の警察官という経験をもってしても…

 

佐々木:そうです。

 

小楠:一般の方だったら尚更そうですね。

 

佐々木:はい。どうして良いのかが、わかないと思います。

遺族は悲しみや怒りとともに、自分の大切な人が何故こんな結果になってしまったんだろうということを1秒でも早く、正確に知りたいんです。

事件として、全てまとまってから言うのではなくて、今こういう状況だということをタイムリーに新鮮な情報を知りたいんです。

しかし、そういったことに警察側からの回答を得ることが出来ないという現状があります。遺族がそういったことで困ったり苦しんだりしているということに自分で気づいたのが、今の仕事を始めるきっかけでした。

 

小楠:勝手な思い込みかもしれませんが、一般的には警察官というと正義の味方というイメージがあります。

我々一般の人間からすると、弱者の味方になってくれるというイメージが非常に強いです。

しかし今のお話をうかがっていくと、遺族が困ってしまったときに、警察は問題解決ができる立場に、そもそもないということになりますね。

 

佐々木:そうです。

 

小楠:22年間県警で務められて実際に多くの事故に立ち会ってきた中で、ある時、息子さんが被害に遭われて、自分自身が遺族になってしまった。

そこで警察の側から被害者・遺族側に立場が代わったということですね。

正反対の立場に立ってみて、そこで気づきがあり今の職業に就かれたと思うのですが、そのときの『気づき』とは何でしょうか?

 

佐々木:もっと警察の方から、被害者の立場に立って情報を知らせるべきだということに気づきました。多くの遺族がそれを望んでいると思います。

しかしそれを警察に望んでも、立場上では捜査中の情報ですから容易に伝えることは出来ません。ですからそこを警察に求めてもダメなんだ、ということにも気づき始めました。

 

小楠:そういったときに捜査する側から、遺族の立場に代わって警察にはどうしてほしいと思いましたか?

 

佐々木:遺族や被害者が何を1番に望むかというと、まずは原状回復です。

 

小楠:元に戻してほしいと?

 

佐々木:そういうことです。でもそれは無理なんです。

不可能ということがわかったとき次に何を望むかというと、被疑者を適正に処罰することだったり、捜査がいまどのように進んでいるのかだったり、そういった情報を逐次知りたいと思います。

そういったことが警察とご遺族との間のギャップとなり、温度差となり現れていると気づきました。

 

小楠:本当のことを知りたいということですね。

 

佐々木:「本当のことを知りたい。何があったのかを知りたい。

皆さんもきっとそうだと思いますが、大切な人や愛する人が自分の知らないところで命を亡くしていたときには、いち早く知りたくなります。

その気持ちでまず頼るのは警察官なんです。被害者は警察官を頼らざるを得ません。でも警察の立場上、捜査中の内容は教えられないという回答になりますから被害者というのは誰からも守られず、どこからも情報を入手できない孤立した立場に追い込まれてしまいます。

 

第2章:正義にも種類がある​

 

小楠:これは実際に被害者や、遺族という立場にならないと気づかないことですね。

 

佐々木:そうですね。

 

小楠:私たちは、自分が被害にあって誰からも守られないなんて思わず生活しています。

 

佐々木:そうです。多くの人は警察官が弱者に対して正義の味方となり、力を貸してくれるだろうと思っています。しかし警察官とは決してそうではありません。

被害者の味方でもなければ加害者の味方でもなく、あくまでも公平中立な立場です。被害者を救うという職務ではなく、犯人を捕まえる事が目的ですから。被害者が望むような事を警察官が仕事として行うことは出来ない現状があります。

 

小楠:ここで理路整然と言ってもらうとその通りだなと思います。

ただ私たち国民は、警察は正義の味方であり、困ったら助けてくれるという勝手なイメージを持っています。

 

佐々木:そうですね。イメージ的には確かにそうです。

しかし警察の言う『正義』というのは罪を犯した人を迅速に検挙し、適正に処罰を求めるという社会を作ることなんです。

弱い人や困っている人の立場に立つ正義とはまた別のものです。

 

小楠:なるほど!正義も種類があるということですね。

 

佐々木:はい。当然、警察がどうして存在するのかという存立目的があります。それは犯罪の予防や鎮圧であったり、被疑者の検挙であったり、そのためだけに存在しているものです。

被害にあった人を直接手助けするという活動は非常に薄くなっています。

そういった意味では、同じような組織でも救急隊などは犯人を捕まえることが目的でなく、あくまでも病気や怪我で困っている人を一刻も早く苦しみから解放させようという目的で、人助けのために存在する組織だと思います。

それが、どちらが正解かということではありません。

両方大切な組織として成り立っていますから、存在目的が違うというだけの話です。

 

小楠:確かに役割の違いですね。整理して言ってくださると非常に分かり易いです。火事もそうですが中には放火というケースもあります。

そこで消防隊が放火魔を逮捕するかといえばしませんし、逆に警察が火を消すかと言えば消しませんから。

 

佐々木:そうです。それが存立している目的の違いだという話です。

しかし犯罪にあった被害者、特に交通事故の被害者やご遺族というのは、その過程では救急隊で運ばれたりするので消防と関わりがありますが、実際の事件捜査は警察ですから、やはり警察官に頼らざるを得ないんです。

 

小楠:ここで非常に公共的な問題が浮き彫りになってきました。

何かの拍子で被害にあってしまった時、それは全くの不可抗力ですが、被害が体であれば救急車に来てもらい病院で治療していただけます。

しかし先程の話でいくと、被害に遭われた方はどうしてほしいと聞かれたらまずは現状回復、もう一つは何故こうなり、今どうなって今後どうなるのかという真実の情報を知りたいということでした。

怪我は病院があるからいいのですが、こうした情報に関しては警察に頼らざるを得ない、しかし法律上警察側から情報が出せないという現状があります。

現状回復が難しいときにせめて情報を知りたいという唯一の願いを託しているにも関わらず、知ることができない。

それを考えると、こうした状況下で情報を伝えられる機関そのものが存在しないということですね。

 

佐々木:はい、そうです。

 

小楠:佐々木さんの今の仕事はある意味こうした苦しみや、希望、願いというものから生まれてきたものだということですね。

 

佐々木:はい。

 

小楠:ここでの苦しみや願いは佐々木さん特有のものではなく、被害に遭われた全員の方が抱えているものですね。

 

佐々木:そうですね。そういう機関の存在を期待していたと思います。

 

小楠:もちろん警察は警察で正義であり、こうした職に22年間就いて正義を貫き通してきた。ただ、ここで哲学的ですが正義にも種類があったという…。

 

佐々木:そうですね

 

小楠:種類というか役割ですね。

 

佐々木:はい。役割が違うのでしょう。

 

小楠:警察官は佐々木さんの他にも沢山いらっしゃって職務を全うされております。そして仕事にも役割があり、正義にも種類がある。

そこで迅速に情報をお答えする役割として日本交通事故調査機構が出来たということですね。

 

佐々木:そうです。特に実際に被害にあって、損害賠償請求や民事裁判と事件が時系列的に流れていきます。

ここでの民事裁判というのはほとんど刑事裁判で使われた記録で処理されていきます。警察官がつくった資料というのは犯人に関する情報でしか作られていません。その資料で被害者が裁判で闘うと非常に不利であり、弱い立場から始まってしまいます。

 

小楠:なるほど。そういう構造もあるわけですね。

それは一般的には知られていないことです。

 

佐々木:全ての証拠は被疑者を処罰するために作られた証拠ですから被害者側に関しては何もありません。よって被害者はどうやって裁判を闘わなければいけないのかわからない状態になってしまいます。闘う資料もありません。

その事故を担当した弁護士の先生方は、仕方なく警察が作った資料でいきましょうという風になってしまいます。

 

小楠:なるほど。被疑者を検挙するという目的のために組織されているのが警察なので、当然調べた結果も被疑者をどうやって有罪にするかという書類になってしまうのですね。

 

佐々木:はい、そうです。民事というのはあくまでも、損害をどのように分担するかというところを争いますから、警察が作った書類で民事を戦おうとすると犯人の言ったことだけが正しいという形で裁判が流れてしまいます。

すると、亡くなられた被害者や被害者の言い分は書類には残りません。ですから非常に弱い立場でスタートしてしまいます。

 

小楠:ここで佐々木さんがされているお仕事の役割としてもう1点挙げられますね。情報を知りたいという事の他に、裁判で民事訴訟になった際に情報が必要になるという事ですね。

 

佐々木:そうですね。

 

小楠:それをそもそも調べていない。必要がない。という状況のなかで交通事故調査機構という仕事を立ち上げられたんですね。

 

佐々木:はい、それが日本交通事故調査機構の存在する意味だと思います。

この組織があることによって被害者やご遺族が裁判の場でようやく同じ土俵に立てるという機会を作っていきたいです。私はそれが1つの社会貢献として日本交通事故調査機構が存立する意義だと考えております。

 

小楠:佐々木さんが関与していない民事訴訟であれば、現在も被害者や遺族の方々は警察の捜査資料だけで裁判を闘っているんですか?

 

佐々木:はい。それに被害者がさらに不利になるのは相手方には保険会社がいることです。保険会社も独自の調査機関を持っています。当然それらは保険会社のために仕事をしますから、被害者のためには仕事をしてくれません。

県警の資料と、保険会社の調査機関が作った報告書というものがあり、この2つと被害者やご遺族は闘っていかなくてはなりません。そこで『その報告はおかしい』といったことを訴える資料が必要になってきます。それが無ければ裁判では戦えません。裁判というのはどんなに理不尽なことを言われても、適正に反論しなければ負けてしまいます。その場で対等に戦うためにはおかしい所をおかしいと指摘できる資料が必要なのです。

 

小楠:言ってしまえば、二重苦ですね。

 

佐々木:そうです。しかし交通事故は難しいですから、警察の作った実況見分調書や捜査報告書に対して反論できる人はいません。

普通の家庭の夫婦や、サラリーマン、さらには弁護士であっても警察の作った専門的な捜査書類に対して『ここは間違っている』と指摘することは難しいです。

そんな時にそれを適正に反論できるような構造作りを私が担えればと考えています。

 

小楠:現状、ほとんどの人が佐々木さんという存在がいない状態で裁判を行っているんですよね?驚くべきことですが、今の話から行くと最初から土台無理な状態でスタートしているんですね。2対0ですから。

 

佐々木:そうですね。

 

小楠:2対0の状態で勝てるわけがないと思ってしまいます。

 

佐々木:はい、裁判で勝つのは本当に難しいです。

 

小楠:そもそも2対0の0の方が被害者ですから。

 

佐々木:はい。不思議ですが被害者のために捜査や活動をしてくれる団体がないのです。

 

小楠:これは驚きです。

 

佐々木:私もそのような単純な事に気が付きませんでした。

自分の愛する息子を亡くしてようやく気がついたことですから

 

第3章:問題解決ではなく、構造改革

 

小楠:先ほども言いましたが警察は正義の味方だという一般の方のイメージがありました。保険会社も当然、困ったら助けてくれると思っていました。

しかし勝手な期待ではありましたが、どちらも全く違う状態なのですね。

これが、特有の誰かに起きている出来事ではなく社会構造としてあるのですね。

 

佐々木:そうです。当然ですが社会構造上、保険会社も保険会社としての必要性があるだろうし、それらの調査会社の必要性もあると思います。

しかしそれと同じように、被害者やご遺族側からの視点で調査するという社会構造も必要なはずです。

それがないと裁判が始まった段階から被害者が圧倒的に不利ですから。

 

小楠:よく問題解決という言い方をしますが、これはその次元の話ではなく、まず構造変革をしない限り問題は解決されないということですね。

 

佐々木:そうです。そういった社会構造や、交通事故が発生→刑事裁判→民事裁判の一連の流れに関わってくる構造的な問題です。それを変革していかなければ同じことの繰り返しです。

 

小楠:その通りですね。最近では車の性能も良くなり交通事故は減っていくと言われていますが、そういう問題ではなく交通事故に遭った方々に対する対応がずっと前から変わっていないということですね。全国どこに行っても交通事故の被害者の会があります。これは問題解決とは言えず、構造そのものに問題があるために社会変革が必要だということですね。

 

佐々木:そうですね。

 

小楠:ピーター・ドラッカーが21世紀は非営利法人が中核となるという言い方をされていますが、その理由の1つがここにあると思います。

資本主義経済や民主主義、憲法改正など今も多くの問題がありますが、やはりどうしても構造そのものに歪みが生まれてきてしまうのです。

その中で問題解決をしていくのが、佐々木さんを含めたイノベーターではないかと思います。それがピーター・ドラッカーが言うところの真意ではないでしょうか。

 

佐々木:そうですね。

 

小楠:佐々木さんは今その社会構造そのものを変革していくことを考えられていますね。

 

佐々木:そうです。それが私のすべきことです。

1件だけの事故をアドバイスするのであればボランティアでも出来ますが、少しでも多くの人の為に自分の力を発揮したいと考えました。

そこで株式会社という形態をとりました。これは当然事業として行われていますから存続する為には対価をいただいております。しかしそれは今後に困る人の為にもより良い仕事をしたいという目的があります。できるだけ多くの人にとってより良い仕事をしたいという気持ちがあり、その為には事業という形態をとる必要がありました。

 

小楠:なるほど。

 

佐々木:株式会社だからといって利潤追求の目的ではなく、自分の力を社会に還元してより良い構造に変え、それを循環させていくための会社になれば良いと思います。これで構造を変革できたとき、会社をたたんだとしても企業を起こした目的を達成したと充分に言えます。

それだけ多くの人の力になりたいという気持ちが強いです。

現時点ではそれが代表である私の考えです。

 

小楠:はい、おっしゃる通りで、特にこの21世紀は社会貢献活動という事業を行うことでビジネス化をして、その資金をまた社会に還元して循環させていくことが重要だと思います。そして新たなる社会貢献に繋げていく。こうした社会構造に変わっていると思います。

松下幸之助も企業が利潤を生まないことは罪であると言っています。

要するに利潤を出すことによってはじめて税金も納められるわけですし、社会的インフラや医療であったり、福祉などに還元していくという循環がつくれます。社会構造の変革を行いながらこのような考えを実践されているというのは本当に素晴らしいことだと思います。

 

佐々木:ありがとうございます。

 

小楠:実際に活動を行われている中で、今構造的な問題があり情報を正しく伝達することで、それを救済していくということになりますが、その点についてお聞かせください。

 

第4章:真実は二つある​

 

佐々木:やはり今、本当にご遺族が知りたいのは『何があったのか?』ということです。一体『何に真実があるのか?』ということを知りたいのです。

 

小楠:本当にそうですね。交通事故はほとんど目の前で起きるわけではありません。例えば東京で一人暮らしの大学生が真夜中に交通事故にあって、道に横たわっていました。死亡してから数時間経ってから発見をされます。

九州に住んでいる親御さんは急に警察から電話で知らされます。

そこで『亡くなった』と電話で聞かされても何が何だかわかりません。

理由を聞いても詳しいことを一部始終知っているのは亡くなった本人しかいません。目撃者もいません。本当に分からなくなってしまいます。

 

佐々木:そうです。遺族の方々はその真実はどこにあるのかを知りたいのです。

ところが裁判というのは、あくまでも裁判上の真実となってしまいます。

例えば居眠り運転で車で人を跳ねてしまうと、運転手に聞いても歩行者が左右どちらから来たのかも分かりません。しかし歩行者がずっと道路に棒立ちで立っていたのかといえば、そんなはずはありません。

こうなると、誰も分からなくなってしまうのです。

こうしたときに訴訟法の真実や裁判上の真実と言われているもので、被害者の職場や自宅の場所、時間などから推定したものが事実となってしまいます。

ところが、実際にご遺族の方に聞いてみると、『この時間なら家に帰る時間ではないから、その方向から来る事は考えられない』『帰宅するときにあるところに寄っていくと言っていたからおそらくこの方向からだろう。』という別の意見が出てくる事があります。

真実は極力一致させるように努力されますが、本当に分からないところは合理性から見た真実を追求していきますから、捜査側とご遺族の温度差やギャップが生じてしまう現状があります。

これが分かるのは、実際に裁判が始まってからなんです。始まる前に遺族側にはこのような情報は伝わりませんから、ある程度時間が経ってからようやく分かってくることです。

被害者側からすれば裁判中ではもう手遅れになってしまいます。

状況をリセットして捜査をやり直すという要求は通りませんから。

 

小楠:私のような一般の人からすると、日本語では真実は1つしかないと思うのですが、ここでは2つあるということですね。

 

佐々木:真実は2つあります。裁判とはあくまでも証拠上の真実ですからそれが本当の真実とは限りません。しかし、とりあえずそれを真実と仮定せざるを得ないんです。

 

小楠:仮定から始めないと話が進まないから、真実を決めないと禅問答になってしまうということですね。

 

佐々木:そうですね。誰に聞いても分からないことに対して、分かるまで裁判を始めないとしたら事件は終結しなくなってしまいます。

本当に分からない部分はどうしようもありませんから、合理的な考え方で時間帯や場所から推定して真実を仮定しなくてはならないのです。

できれば本当の真実と裁判上の真実というのは一緒にすべきだと思います。

それはドライブレコーダーの普及によってかなり明るみになってきています。

左右どちらから渡ったのか、信号を守ったのか無視したのか、などの本当の真実が分かり、裁判が有利にも不利にもなっていくでしょう。

ご遺族も無用な論議など、余計なところで悩む必要がなくなります。

ですからドライブレコーダーの更なる普及が必要になってくると思います。

 

小楠:やはりこの話でずっと一貫する言葉は『情報』ですね。情報の解説、情報の伝達です。

正しい情報が何なのか分からないことによって非常に困っている人が多いです。

裁判も始まってから初めて遺族の方も情報が分かるということですから。

 

佐々木:そうですね。

 

小楠:話を遡ると2対0の状態がありましたが、そこで警察の調べた調書が仮説の下に導かれた真実として話が始まっていくという風になるのですね。

ここで正義の味方である佐々木さんがいる場合はまだ良いですが、通常はいない中で進んでいきますから想像するだけでも恐ろしい現実があるわけですね。

 

佐々木:はい。

 

小楠:もし自分がこの状態で、幕が上がった後に舞台の内容を知らされるというのは非常に恐ろしいことです。

しかもその中で役を演じなければいけないという状況ですから。

 

佐々木:そうなんですよ。

 

小楠:そこで何もしていない被害者の立場が不利に立たされるわけです。

被害者意識という言葉がありますが、『普通に生活していただけなのに、何故2対0で責められなければならないんだ。』と混乱してしまいます。

例えば、九州で寝ていただけなのに電話がかかってきて、行ったら急に責められるわけですから。

 

佐々木:そこが被害者の弱いところですね。当然、被害者にも代理の弁護士がつきますが、事実の部分に関しては戦えませんから反論できません。

 

小楠:その通りです。結局は弁護すると言っても調書や物的証拠などは固定化された状態が前提となりますから。

こちらは事前に調べているわけではありませんし、真実が不確かなままで警察側の調書で戦うことになりますね。材料が先に渡された状態です。

変な言い方をすればその調書が腐っているかもしれません。

腕の立つ料理人でも材料がダメなら調理できないように、いくら腕の良い弁護士でも材料が腐っていたらどうにも出来ません。という話ですね。

 

佐々木:そうですね。

 

小楠:料理で例えると、本当の材料を持ってきてくれるのが、佐々木さんということですね。

 

佐々木:警察官の立場からすると、自分の作った全ての司法書類が民事裁判という損害賠償の場で使用される事など全く想定外なんです。

警察官は民事訴訟のことを考えて調書を作っているわけではない。ということです。

 

小楠:そうですよね。

 

佐々木:民事不介入というように、警察官が民事事件のために捜査することはありません。

あくまでも刑事被告人を処罰するために作っている書類なのに、それが民事裁判の中で最重要視されてしまうのです。

それが非常に問題です。

 

小楠:それは大問題ですね。

 

佐々木:しかし警察の作った書類がなくては民事裁判をどこから始めていいか分からなくなってしまいます。そこでとりあえず警察の作った書類を持ってきますと言うしかありません。

 

小楠:そうなりますね。仕方ありませんから。

第5章:被害者のための機関は未だない

 

佐々木:警察官はこういった構造があって書類が民事裁判の場で大きな役割を果たすというのなら、それを認識した上で被害者側の視点からも犯罪を捜査していくべきでしょう。

 

小楠:なるほど。これは完全に抜け落ちていますね。

 

佐々木:警察の存在する目的が犯人を検挙することに特化していますから、そこが構造的な問題なのでしょう。

 

小楠:よく日本交通事故調査機構という新しい職業を考え出したと思います。これは必要な組織ですし、今まで何故なかったのだろうと思うほどです。

 

佐々木:私も今まで無かったことは本当に不思議です。

 

小楠:不思議ですね。政官民という言葉がありますが、法律を変えて警察官も構造を見直して…司法試験の合格者を警察に配置して…なんてことは、すぐには無理だと思います。

 

佐々木:無理ですね。本来ならば今私のやっている仕事を県警の中でやればいい話です。犯人を検挙する側と被害者側に別れて捜査を進めるという構造が組織の中にあればいいのですが、その場合県警同士が喧嘩をするような状況にも成り兼ねませんから、やはり県警の考え方を一つにまとめる為には出来ないということです。

 

小楠:なるほど。被害者と加害者が両方いるから、それを1つの機関の中で捜査したらバッティングしてしまいますね。

 

佐々木:県警の考え方を問われた時に、被害者と加害者の言い分のどちらをとるかで別れてしまうとまとまらなくなってしまいます。

ですから第三者機関というのが必要になるのだと思います。

 

小楠:被害者意識という言葉があるように、被害者の方は

『何故こうなったのか』

『何故助けてくれないんだ』

という気持ちが何処までも付いてくると思います。

普通ならば警察が真実を暴いてくれて、弁護士が自分を助けてくれるのではと期待をしているのですが、そもそもどちらの機関もそういった機能は持っていないという言い方もできますね。

 

佐々木:そうですね。

 

小楠:弁護士はその名の通り弁護することが仕事であり、調査機関ではありませんね。ですから何処までいっても救われないということですね。最初の料理の話に置き替えると、材料が間違っている状態です。麻婆豆腐を作りたいのにパンを買ってきてしまった感覚です。それではいつまでたっても目的は為されないですね。

 

佐々木:そうですね。もっと公的機関や信用調査機構が事故の状況を調査すべきでしょう。警察は犯人を捕まえ事故を処理するということだけに特化して、調査機関は別の所が担うなどの処置をしなければ解決しないでしょう。

 

小楠:はい。そこでもう1つ、保険会社というのがあります。皆さんは保険に入っているので事故に遭えば助けてくれると思って保険料を払い続けています。

ですが、保険会社も調査機関ではありません。

 

佐々木:そうですね。保険というのは相手方に対する保証なのです。

 

小楠:名前の通り保険会社ということですね。調査会社ではありません。

 

佐々木:そうです。やはり被害者の立場に立って活動してくれる機関はまだありません。ですからどうしても裁判で不利になってしまいます。

 

小楠:シンプルな話ですが、第三者的な調査をしてくれる機関が存在しません。そして、正しい情報がないことが問題の根本にあるということですね。そこで立ち上がったのが佐々木さんのいる交通事故調査機構です。1人でも多く助け、いずれは社会構造そのものを変革していくということですね。

 

佐々木:はい。

 

小楠:北海道から九州沖縄まで、全国を飛び回っているんですか?

 

佐々木:はい。それでも救われる方はごく一部です。事業を展開していく上で、どうやってマンパワーをカバーしていくかを考えていかなければなりません。個人の立ち上げた一企業だけで全国を担うことは出来ません。新しい社会の構造を成り立たせるための変革をどこかで行わないといけません。

それが今後の課題です。私1人が出来る事というのは本当に限られています。

この機構を更に構築していかなければなりません。交通被害にあった方々の求めるような事件処理の仕方が出来るようになれば良いと思います。

 

小楠:いままでにあった実例を話していただけますか?

 

佐々木:はい。これは去年裁判所で判決のあった新しい事件ですが、第一審で負けた方がいました。相手方の自転車の運転手の言い分のみが認められ、自分の主張がまったく裁判で認められませんでした。その結果、第一審では敗訴したという事例です。しかし敗訴した方は『絶対に自分は嘘は言っていない。それを証明したい。』と…

 

小楠:これはどのような事故だったんですか?

 

佐々木:トンネルの中で、自動車が前を走っていた自転車を追い越すときに接触し、怪我をさせたという事故です。

 

小楠:自転車の方は大きな怪我をされたのですか?

 

佐々木:そんなに大きくはありませんが、自転車の方は『車が後ろからぶつかってきた。』と言い、車体の破損と自分の怪我を理由に損害賠償を請求しました。しかし自動車の運転手は『絶対にぶつかっていない、自転車が勝手に転んだ。』と言っていました。確かに車体にも自転車のぶつかった形跡は何もありません。しかし現場にきた警察が『ぶつかったのでは?』という風に安易に交通事故証明書というものを発行してしまいました。

 

小楠:なるほど。

 

佐々木:そのまま民事裁判になりました。警察官が交通事故証明書を発行したとすれば、とりあえず交通事故はあったのだから『あなたはぶつかったんだ。』というのが相手方の主張であり、さらに裁判官の考えでした。『車に跡がある/ない』の問題でなく、ぶつかったから交通事故が起こったので証明書が発行された。という流れになってしまったのです。

 

小楠:はい。

 

佐々木:その結果負けてしまいました。しかし日本交通事故調査機構のホームページを見た弁護士の方から私に依頼がありました。第一審で負けてしまった事件があるが、彼は運転手であり『絶対に嘘は言っていない、自信がある。』と言っている。なんとかしてください。という内容でした。そこで調査に乗り出したのです。

 

小楠:はい。

 

佐々木:相手方の言い分や書類などを全て再点検して現地の再調査を行いました。その結果、やはり車側からはぶつかっていませんでした。

 

小楠:その判別はどのようにされるのですか?

 

佐々木:私の会社にある特殊な写真撮影などの道具で科学的に証明できます。

そこで車と自転車は間違いなくぶつかっていないことが証明されたので、その内容の鑑定書を作りました。そして第二審の裁判を戦うことにしたのです。

その結果、去年の暮れに第一審の判決は棄却されました。『第一審が認定した車と自転車の接触は合理的におかしい』ということで控訴審では車の運転手の言い分が聞き入れてもらえたため、逆転できました。

人が亡くなるほどの大きな事故ではなく小さな事故に関しても、相手方の主張に有効に反論しなければ裁判は負ける構造になっています。この問題の改善が私の会社の存在意義の1つだと思います。

 

小楠:この構造の問題は本当に驚くべき話で、この弁護士が佐々木さんの会社の存在を知ったことが幸いでした。それに尽きますね。いくら周りに相談しても特殊な機械やカメラなどの専門器具を持っている人はなかなかいません。

今回の事件で佐々木さんが発見した真実がなければ裁判で勝てないと思うのです。

 

佐々木:その通りですね。

 

小楠:一貫した話ですが正しい情報を真実と呼ぶのであれば、それを発見して伝えていく。それはある種の正義だと思います。

これは本当に深い話です。

『正義』とは何かを人類は未だに解決できずにいます。

話の中で1つ出てきたのは正義にも役割があるということですね。

 

佐々木:はい。例えば警察には警察の正義があります。彼らが言う正義というのは罪を犯した人を迅速かつ適正に検挙して処罰する事なのです。

 

小楠:ただ、『ケア』という部分は警察が担ってはいないということですね。

 

佐々木:その部分で、困っている人や被害者側に対して正義を貫いてくれるという組織が存在しないのです。やはりそこが空洞化されている部分です。

当然ですがいろいろな正義があると思います。保険会社には保険会社の正義があるし、被告人側には被告人側の正義があるということです。

しかし、その中で被害者側の立場から述べられる正義をとれる人(組織)はいないのです。被害者側に特化するという意味ではありませんが、これが事実だということです。真実がどこにあるのかという所を暴いてくれる機関がありません。

 

小楠:私たち一般人からすると、被害者は守られると思って生活をしています。

しかし今の話を伺っていくとどちらかというと加害者、被疑者と呼ばれる人たちの方が法律的に守られているように感じますね。

 

佐々木:そうです。犯罪捜査という観点でみれば、法律の大元である『憲法』で被疑者に対する権利や刑事被告人に対する権利はしっかりと述べられているのです。

 

小楠:それは憲法に明記されているのですか?

 

佐々木:はい、明記されています。憲法の中で刑事被告人の権利というものが述べられています。

捜査という部門に関して、被告人や被疑者には制度として認められている権利があるので、しっかりと保護されている事になります。しかし被害者側にはそれがありません。

犯罪被害者になった場合、本人やその遺族を守るための権利は明記されていないのです。

 

小楠:それは驚きです。考えてみれば加害者の方が刑務所に入ってもその期間は税金で賄われますから、そういった意味でも守られていますね。

被害者の方が裁判を起こしたとき、弁護士などに依頼をするのも全て実費ですから。税金も使ってもらえません。これもある意味では驚きの構造ですね。

 

佐々木:そうです。

今、私の会社が事業として成り立っているのは、依頼人の自費での調査や、保険の特約が効く場合などに出されるお金です。

もしこれが社会資本の中から様々な補助が出るようになれば、さらに利用者も増えて機関の成長につながると思います。

この側面も被害者に認められるべき権利として挙げなければいけません。

国の税金の一部でも、こうした被害者が真実を知るための活動として使われるよう、社会資本を移転する必要があります。

刑事被告人に使っている金額と同じまでは望みませんが、きちんと被害者側が真実を知り、裁判で同等に戦えるようにするための補助をするべきでしょう。

 

小楠:その通りです。これは交通事故に限った話ではなく、全ての事件や事故に総じて言えることですね。保険ならば弁護士特約というものがありますが、調査特約はありません。

真実を知ることを保証する制度もありません。

しかし刑務所や拘置所は税金で賄っているのが事実です。

これだと、被害者はどこまでいっても『何故こんな目にあわなくちゃいけないんだ?』と思い続けます。

 

佐々木:大切なのはそこだと思います。実際に事故の被害者やご遺族の中には、かつて正義の味方だと思っていた警察官に対して物凄く敵意を抱いている人もいます。これは制度の落ち度でしょう。

決して警察官は被害者をいじめるために仕事をしているわけではありません。

少しでも苦痛が和らぐようにという気持ちで仕事をしています。

そのため犯人を検挙することに全力を注ぎ、被害者が報われるよう信念を持って務めています。

被害者を貶めたり遺族を苦しめたりしようなどとは思ってもいません。

そんなことは良心としてできません。

それにも関わらず、多くのご遺族が警察の捜査に不信感を抱いたり、怒りを持つというのは全て制度的な問題だと思います。

制度的なことであれば、改正することによって救われますから、実行すべきだと思います。

難しい問題がいろいろあるようですが、少しでも声をあげなければ変わっていきません。

主張することは決して悪いことではないので、社会の人たちに声を挙げていくべきです。

被害者になってから気づくのではもう遅いです。

今幸せを迎えている人の生活を、ずっと維持していくために必要な制度なのです。

 

小楠:憲法では幸福追求権というものが謳われていますが、今の幸せを維持していくという佐々木さんの言葉をお借りするのなら、その為の構造的な部分に目を向けていくべきでしょう。

そして本人が声を挙げていかなければ変わらない問題です。

皆さんにはどうしても他人事に思えてしまいますから。

 

佐々木:はい。誰もが自分に不幸が訪れることは想定していません。

しかし、訪れないかというと約束は出来ません。

どんなに交通事故が減ってきたと騒がれていても、未だ年間4,000人近くの方が死亡事故で亡くなっています。

重傷者を含めれば年間何万という数に跳ね上がります。

死亡事故も24時間以内に亡くなった人のみで4,000人近くいて、25時間以降に亡くなった人はカウントされていません。

ですから本当は凄く沢山の方が交通事故に遭われています。

おそらくこの対談を読んで頂いてる方々の中にも、友達や親戚が事故に遭われている方は少なくないでしょう。

それほど身近に交通事故は発生しています。

被害の大小はその状況に応じて分かることであり、交通事故が起きていることに変わりはありません。

本当に身近なことなのです。

 

小楠:そうですね。

もう1つ、これは日本国内だけの話ではありません。

国連やWHOも交通事故には非常に注目していて、2030年には人の死因BEST5の中に交通事故が挙がってくると言っています。

これは世界的な問題であり、2030年に向かって増加していくことになるのです。

日本では車が増えましたが、世界はさらにこれから増えていきます。

そうなれば世界でも同じような構造的問題が起きてしまうでしょう。

国連では交通事故削減のために10年間活動を行っているように、この問題は日本に留まる話ではなく世界的な話なのです。

今後も15年以上かけて被害者が増加する、事故死者が増えていくという試算も出ています。

 

佐々木:本当に交通事故は身近なものになっています。

被害にあったときに真実を知るための対抗手段をきちんと持てるような社会づくりは必要だと思います。

法律を変更し、警察官内で被害者側の捜査も行えるような環境になれば話は別ですが、それを今すぐ期待するのは難しいです。

ですから被害者側の調査を通して真実を知ろうとするための機関が必要になると思います。

そのための国からの補助も認められるべきではないでしょうか。

 

小楠:はい。今日は正義とは何かという哲学的なお話から、問題解決のためには構造そのものの変革が必要であること。

そしてもう1つはピータードラッカーが予見したように21世紀は非営利法人が社会の中核になるというお話でした。

憲法という制度ができてから70年が経ち社会的な歪みが出てきました。

そこで市民活動として1人1人が声を挙げ、方向変革をしていく時代に入ったということです。

こうした社会貢献をして、それをビジネスとして確立することで社会に還元し、循環を生むことで更なる社会貢献を生むことが出来ます。

これを実践されている佐々木先生とこういったお話ができ、非常に良かったです。

 

佐々木:はい。ありがとうございました。

 

小楠:こちらこそ、ありがとうございました。