社会変革のための活動

みなさんに知っていただきたい

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理事長対談シリーズ

神経内科医と思想家が語る

幸せになる方法 能力UPはいらない

高次機能障害治療の最前線の中でみえてきたこと

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脳神経内科医が語る 心と脳と精神を通し幸せになる方法

​深川和利 医師と思想家 小楠健志の対談動画です。

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神経内科医が語る 生きづらい人のための孤立せず自立をしていく方法

深川和利 医師が行った高次脳機能障害に関する講演を動画化しました。

深川和利医師と弁護士と柔道整復師とNPO法人ジコサポ日本が永年の歳月をかけて一緒に作った「交通事故 むち打ち・頭部ガイドブック」オンラインスクールです。

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理事長対談シリーズVol.3

深川 和利 氏

医師 日本神経学会専門医

大同病院リハビリテーション科部長

 

■Guest Profile■

医師、日本神経学会専門医

元名古屋市総合リハビリテーションセンター高次脳機能障害支援部長

愛知県高次脳機能障害支援普及事業相談支援体制連携調整委員

脳外傷友の会みずほ顧問

著作

交通事故 むち打ち・頭部ガイドブック NPOジコサポ日本監修 2016

認知機能回復のための訓練指導マニュアル メディカ出版 2009

高次脳機能障害「解体新書」メディカ出版 2011

高次脳機能障害の標準看護計画 メディカ出版 2014

 

第1章:人間を知る

小楠:今日は名古屋市総合リハビリテーションセンター高次脳機能障害支援部長の深川和利先生のお話を伺っていきます。よろしくお願い致します。

 

深川:よろしくお願いします。

 

小楠:深川先生は医学の道に進まれたときに、初めから神経内科を専攻されていたのですか?

 

深川:はい。医学部を出て、何科を選ぶかは自分で自由に決めて良いことになっています。

僕としては人間というものを知りたい気持ちがありました。

そこで精神科と神経内科に絞ったのですが、その中で精神科というのは文学的で人間そのものが何を考えて行動するかを考える分野であり、私にとっては難しいものでした。

とにかく人と相対しながらやっていくということで、精神科へ進んでしまうと大変なことが分かっていたので、僕は神経内科を選びました。

小楠:深川先生は精神科医をしていた時期はないという事ですか?

深川:はい、ありません。

医学では精神科のような文学的なものから、脳外科のように脳そのものの作用をみるものまで大きな幅があります。その中で僕が選んだのは神経内科です。

これは脳のある部分が壊れるとどのような症状が出るのか、というように脳をベースにした行動の構造を考える分野です。脳の生物学的なメカニズムがどのように人間の行動に表れるのかを調べると人間のことがある程度分かってくるような気が、その当時していました。

そこで神経内科を選び、15年程続けていました。しかし、医局システムというものがあるため、その時に勤めていた病院では、僕が神経内科医だからといって必ずしも神経内科の仕事があるとは限りませんでした。そのため最後の5年程は小さな市民病院でお腹が痛い人や、風邪を引いた人、心臓が悪い人などを診断していました。ここではほぼ雑用係のような状態だったので、24時間365日休みなしで働き続けてしまい自分自身体を壊しました。

こうして一般の病院から離れ、その後は老人保健施設で医者をしていました。そこではお年寄りの方々の健康管理をする仕事がメインで体力的にも辛くありませんでした。その当時は、この仕事は80歳を過ぎて現役を引退されたような医師がするものだという認識が世の中にありました。

しかし実際は違います。重要な仕事である上に、一生懸命にやっている先生もおられます。僕は40歳前後だったので周りからはよく『おじいさんみたいな事をしている。』と言われました。しかし市民病院で医者としての誠実さを欠いたような仕事をしているよりはずっとよいと思います。仕事の量としては少ないので、経済的に楽な生活が出来たわけではありませんが、丁度そのとき私の師匠から『時間があるなら高次脳機能障害の支援事業を担当してほしい』という要請があり、2006年の1月1日に着任しました。ここから現在に至りますので、この仕事は10年間続けていることになります。

小楠:僕がいま、感銘を受けたのは『人を知りたい、人間を知りたい』とおっしゃった事です。「人間を知りたい」という命題の元で最も抽象度を上げていくとその位置は、確かに『脳』です。

今、先生に言われて初めて気がついたことですが、精神科というのは確かに文学的ですね。人間がどのように考え、行動して物事に対応していくかを学ぶ分野ですから、まさにその通りだと思います。

深川:もちろん精神科でも人間の構造から行動を考えていくという医学の基本は変わらないので、当然の事ながらこうしたものを基盤にどの薬を処方するのかを考えるのですが、実際の生物学的な脳の微細構造と、現在の我々が見ている個々のトータル的な行動とは大きくかけ離れたものです。これをどのように繋げていくか、それはまだ今の医療技術では不完全です。

そしてその間を担っているのが精神科というポジションです。精神科の先生の中には、脳の研究をする人もいれば哲学の本を書いている人まで様々な分野の方が存在します。こうしたことから、精神科というものは人間を知るための1つのアプローチだと思っています。

小楠:なるほど。これを抽象度の高さからして見ると、第一に『脳』という機能、物質がある中で、そこから思念や行動に繋がるにつれて抽象度が下がっていきますね。つまり元を辿っていくと最終的には『脳を知ること』になります。医師だけでなく哲学者なども同じ事が言えるかもしれませんが、真理の探求に力を注いでいるということになります。その誰もが人間を研究し、最上流には『脳』というものがあるわけですね。

深川:全てを含めて『人間』というのであって『脳』だけが人間というわけではありません。しかし、ある程度は中枢として脳が機能していますので、単純に考えればその通りだと思います。そこで僕たちは脳を研究しようとするのです。

これは結局のところ『自分を知りたい』という事に繋がります。

僕が進路を選んだ大学生の20歳前後の時期には、誰もが『自分が何であるか。』という問いに目が向くのではないでしょうか。それが大人になるために必要な過程だと思っています。僕は自分自身が何をしているのかを理解できなかったり、コントロール出来なかったりする経験がありました。そこで『自分とは何か?』という課題に対してどのようなアプローチを取るのかが、進路の選択だと思ったのです。その中で僕は、脳というアプローチを選びました。僕は最初の地点では人間の心理を学ぶ分野から離れ、脳そのものを知るための分野に進みましたが、今では再び人間の行動や心理の分野に戻ってきました。脳そのものの怪我が最終的に人にどのような影響を与えるのか、行動の変化などを見極めてそこを適応させていく過程を考えながら実行しています。

医者になって脳を研究したり、専門外の場所での仕事をこなしながら、最後には一番初めに目指した『人間を知る』ための分野の仕事に就くことが出来ました。紆余曲折の中でここに辿り着きましたが、結果的に見るとそれは必然だったと感じています。必ずしも自分の意思ではなくここに至った、それは不思議な感覚です。

小楠:今までのお話をまとめると、「脳」という、考えて行動するために必要な器官があり、それをくまなく研究することによって『人間とは何か』を知りたいという話しですね。

深川:この研究で『人間とは何か』が知れるとは言い切れませんが、それを理解するための道だと思っています。

小楠:深川先生は神経内科を15年間続ける中で驚いたことや現段階での結論といったものに出会えましたか?あれば、是非教えていただきたいです。

深川:ありません。

突き詰めて続けていれば見えてきたものがあったかもしれませんが、僕は途中でやめてしまいました。

市民病院のような場所で自分の分野とは関係の無い仕事をしていた時に『僕はこれをやっていてはダメだ。』と思いました。自分にはある分野の患者さんを救う力があるのに、それを力のない他の医師が診ることで不幸にしてしまうような状況をずっと見てきました。僕はその時点で神経内科医としての仕事に携わることができませんでした。当然、研究もできず、学会に出ることも妨げられました。これから研究を深く進めようという所で止まったままなので、ある程度まとまった途中経過での結論がありません。それは非常に残念なことですが、やめて遠回りした後に、また現在の仕事に就けたことで結果的に見れば良かったなとは思っています。ただ、やめずに続けていればまた違う結論があったとも思います。

小楠:その『違う結論』について詳しくお聞かせください。

深川:僕が当時、研究していたものは脳の電気的な働きを調べることと、それによる実際の人間の行動にはどのような繋がりがあるのかを調べることでした。その研究を進めていれば新たな人間の見方や結論が得られたと思います。しかし諸般の事情で出来なくなってしまいました。それは無駄になってしまったという見方も出来ますが、その代わりに今の仕事に就けたことで結果的にまた『人間の行動』というものを研究することが出来ていると思っています。

小楠:ありがとうございます。先生は高次脳機能障害の普及啓発活動をされていますが、先生の講演の中で冒頭に『知るということが問題を解決することに直結していて、それが社会を変えることだ。』という話があります。

社会変革を口にする方は多いですが『知る』ということそのものが、社会変革に繋がると言っている方は先生以外に心当たりません。

僕はそこに興味を持ちました。

深川:はい。要するに皆さんは『ご存知でない』という事です。

単純に知らないのではなく、知ってさえいれば問題にならないという事です。

普通ならば知った後に何かのアクションを起こして社会を変えていくのだと思われますが、僕の扱っている問題は知っているだけで解決できる性質のものです。

そこで1人でも多くの人に知って頂きたいのです。

それが出来ればそもそも問題自体が発生しません。

この章のまとめ

・知るだけで解決できる社会変革もある

 

 

 

 

第2章:人の能力を上げる学問​

 

小楠:ここからは深川先生の専門分野である高次脳機能障害についてお話しをうかがっていきます。このお話しは特別な方だけに向けた話では無く、全ての人に応用できる、汎用性のあるお話です。

人生に役立つ哲学的な、お話しでもあります。

 

深川:まず高次脳機能障害とは、脳卒中や交通事故などで脳に傷がついてしまったときに残る後遺症の事です。脳は人が、ものを考えるときに使う臓器です。例えば記憶力や注意力、判断力の働きに大きな影響を与えています。そのため脳に傷がつくと手足の麻痺だけでなく、こうした判断力や注意力の低下にも繋がります。医学的には脳に起こった症状を総称して高次脳機能障害と呼んでいますが、障害制度としては『後遺症による注意力、記憶力、判断力の低下や性格の変化』に注視して高次脳機能障害と呼んでいます。

例えば交通事故による脳の後遺症で半身不随になった場合には、身体障害として認定され、福祉サービスを受けることが出来ます。また、言葉が使えなくなった人には言語障害者用のサービスが存在しています。ところが、先ほど述べたような記憶力や注意力の低下といった症状には何のサービスもありませんでした。そこでこうした人たちを支援する方策として『高次脳機能障害』という制度ができました。

小楠:注意力や判断力、記憶力などの欠如は個人差もあるため判断基準が難しいと思います。半身不随のように、身体に現れる障害とは違って分かりにくいことが問題なんですね。

深川:そうです。ここでの大きな問題は、症状そのものではなく『後遺症だと気付きにくいために支援がされていない事』です。例えばこのような後遺症が出ている方が仕事でミスを繰り返してしまっても、単純に仕事が出来ない人だと認識され会社を辞めさせられてしまう場合があります。半身不随の方がそれなりの配慮を受けて仕事が出来るのと同じように、本来ならばこうした方々も障害としての支援があって当然のことです。高次脳機能障害の方々も障害者として認定され、必要な補助がある環境ならば仕事をすることが出来ます。こうした形で社会に受け入れられることが望ましいという主張が僕の活動の主旨です。

小楠:注意力の低下や判断力の低下とはどの程度の事を言うのでしょうか。

深川:例えば記憶力の低下も様々なケースと程度があります。症状が重い場合は認知症のレベルまで下がってしまいますし、軽い場合では少し忘れっぽい程度の方までいます。軽い症状ですと、我々のような健常者の個人差という言葉で片付けられてしまうこともあります。

つまり、高次脳機能障害の人達は我々とは全く別の世界の住人ではないということです。ほんの少しだけ記憶力が下がったり、不注意があったりするだけです。だからこそ、それが病的な障害や後遺症と認知されることは難しいのです。彼らには1つのことに集中するあまり、もう片方の仕事を忘れてしまうような誰でも起こしやすいミスを頻繁に起こしてしまう特徴があります。これが脳損傷によるものだと回りの人が気付きにくいだけでなく、本人すら分かっていないケースも多々あります。本来ならば、配慮さえあれば同じ条件下で仕事ができる程度の障害にも関わらず、こうした脳損傷の理解や認知が足りていない、もしくは気づかれていない為に単なる仕事の出来ない人という位置付けになってしまいます。このようにして最悪の場合は、社会から切り捨てられてしまうのです。

小楠:なるほど。事故の大きさと症状の程度には関連があるのでしょうか?

本人すら気づかないケースもあるという話が出てきましたが、例えば、かなり大きな事故に遭われて、それ以降に物忘れが酷くなったとすれば自覚しやすいと思います。逆に小さな事故が原因で症状が出たりする場合では、自覚するのも周りの人たちが気が付くのも難しくなるはずです。このように事故の大きさと症状の程度は正比例しているのでしょうか?

深川:それは非常に鋭いご質問です。

1つは、脳の損傷が大きければ生物学的な症状としては重いということになります。しかし脳の損傷が軽くてもその症状が重く出てくるケースもあります。ここでの損傷とは、MRIやCTで見たときの傷の大きさの程度です。

この傷が小さい場合でも重い症状が出ることがあります。

したがって傷の大きさと症状の重さは比例しないと考えたほうが良いでしょう。今の話は医学的、生物学的観点から見た考え方ですが、もう1つは社会的な面からの問題があります。ここでは脳の傷も小さく、症状も軽いのに問題が深刻になるケースがあります。それは例えば、大学の教授が交通事故にあった場合などに起こり得ます。この場合、ほんの僅かな傷や損傷でも業務の要求水準の高さから全く仕事が出来なくなることに結びつきます。

そのため、事故の程度や症状の重さと障害としての深刻さは、比例しないと考えなければなりません。よくある問題としては病院の診断で傷や症状が軽かったのですぐに復帰しても良いと言われ、復帰したにも関わらず要求水準の高い仕事が全く出来ずに会社を辞めさせられてしまうことなどがあります。このようなどうしようもない状況に陥ってから我々の所を紹介されるといったケースも後を絶ちません。

つまり、一般の病院でもその程度の認識しかないという事で、多くのドクターが医学的に症状が軽ければ社会的に問題がないという認識です。たとえ医学的に症状が軽くても社会的な不利を被る可能性があるという前提で考えておく必要があります。

 

小楠:すでに会社を辞めさせられた後に、先生の所を受診されるケースが後を絶たないのですね。先生は『知ってもらうだけで変わる』とおっしゃいましたが、こうした患者さんはどのような流れで高次機能障害について知り、先生の診断を受けに来るのでしょうか。

 

深川:高次脳機能障害についてよくご存知の医師は患者の症状をみて僕の所を紹介してくれます。しかし、多くの場合はそうではありません。我々の対象としている方々は、記憶や注意力に問題を抱えているのであって身体的な障害はないために、リハビリなどでも病院の中にいる限りは問題が見えてこない可能性もあります。

小楠:確かに。病院の中で生活している場合に能力は問われませんね。

深川:その通りです。そこでドクターやナースが患者を見ていても症状が回復したと勘違いしてしまいます。当事者であるご本人ですら回復したと思い込むかもしれません。

しかし、退院後に仕事などで能力を要求された時に僅かな記憶力の低下でも影響が出てきます。はじめは病み上がりだからという理由で許されても、それが3ヶ月も4ヶ月も通用することはありません。そこで会社を辞めてしまっても、医師からは良くなったと言われているだけに、事故の影響とは考えなくなります。このようにして、どんどん社会からドロップアウトしてしまうのです。 

 

小楠:これは深刻な問題ですね。先ほど高次脳機能障害の原因として脳の損傷が挙げられましたが、それはMRIやCTで確認する事が出来るのでしょうか。

 

深川:多くの場合は写真に映りますが、映らないケースもあります。さらに、映らないからといって傷がないとは言い切れません。

小楠:では高機能機能障害と知らずに社会に出てしまって、時間が経過した後にもMRIやCTに出ることもあるのですか?

深川:はい。はっきり映る方が多いですが、全く映らない方もいます。

小楠:脳についた傷とは、肌の傷のように消えてはいかないのでしょうか?

深川:脳に傷がついた場合、基本的には皮膚の傷が治るように元通りに治癒されることはありません。

皮膚を包丁で切った場合、損傷部分の細胞は死んでしまいます。

しかし、そこに同じ細胞が生えてきて元通りになります。これが皮膚の治癒ですが、脳の場合は1度神経細胞が死んでしまうと再生されることはありません(厳密に言えばその限りではありませんが)。したがって、それが写真に映るような大きなものであればいつまで経っても写真に映ります。損傷した部分の脳が果たしていた役割に支障が出ることで後遺症も残ります。

 

小楠:それでは脳の働きが低下し日常生活に支障が出てしまったとき、それはリハビリや治療で治すことが出来るのでしょうか?

深川:傷は元に戻らないため当然、今までやっていたことは出来なくなります。それを告げると患者様は『酷い医者だ。酷いことを言うやつだ。』と責めてくる事もあります。

しかし、後遺症というものは過去に済んでしまった事ですから、これ以上悪化する事はありません。常に今日よりも悪い日は来ない状態です。進行しないものが後遺症ですから、良くなることはあっても悪くなることはありません。

 

小楠:良い見方をすると後は上がるしかない状態ですね。可能性しかありませんね。

 

深川:はい。ここで後遺症はリハビリで戻す事が出来るのかという問題があります。私は先ほど、治らないと言いましたが、実は戻す事は出来ます。

それは完全に元通りには出来ませんが改善は可能だということです。

特にはじめの数年間は顕著に記憶力や注意力が回復するのが分かると思います。ただし、それがどこまで戻るのかはお答えできません。人によって8割まで戻る人もいれば、6割までが限界の人もあるでしょう。しかし機能は確実に改善しますから、事故後1~2年までの人はまず訓練を行うべきだと思います。

ここでなぜ損傷した場所の機能が改善するのかを説明します。それは『脳の傷が元に戻らない事と、脳がその行動を出来るか出来ないかは別の話だから』です。

例えば僕が英語やドイツ語を勉強して喋れるようになったとします。しかしこれは僕の脳の能力やIQが上がった訳ではありません。脳は学習する事で色々なことが出来るようになります。

つまり機能そのものが上がらなくても、勉強をして出来るようにすれば良いのです。これをリハビリの世界では『機能は変えられないが能力は上げられる』という言い方をします。つまり『人の能力を上げる学問』それがリハビリなのです。

頭の中に記録が出来ないときには、頭の外に記録すれば良いだけの話です。スケジュールをメモしておけば、脳の機能はそのままでも、タスクをこなす事が出来ます。これが能力を上げるということです。

 

小楠:これは哲学的な話ですね。

確かにスケジュール通りのタスクが出来ていれば問題ありません。

現代人はやたらと『自力』に頼っているように思います。しかし、ここは和の国である日本ですから『他力』を活用すべきだと思います。1人の能力には限界があるにも関わらず、2本しかない自分の腕を3本に増やそうと必死になっている思考の方が多くいます。能力UPを強いるような本も多数ありますし、そういった風潮だとも思います。

さらに、出来ない人間は責められる世の中です。しかし本当は記憶する必要もなく、メモに書いて壁に貼っておけば良いだけの話ですね。

深川:おっしゃる通りです。要するに時間を守って行うことが出来れば良いのです。これが能力というものですから、覚えるという機能はなくても問題がありません。

この章のまとめ

・高次脳機能障害の人達は我々とは全く別の世界の住人ではない

・機能は変えられないが能力は上げられる

・他力を活用せよ。

この対談はこの後、

 第3章:誤変換が生む異次元

 第4章:自分はいない、幸せもない

 第5章:「メタ認知」について

 第6章:不安ではなく「正当なる危機感」を持つ

 第7章:答えが無いことが答え

 第8章:時間は無い

 と続きます。

 続きは、好評発売中の書籍にてご覧下さい。

 

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